Viernes, 09 de Agosto de 2019
「コンフィテリア モリーノ」の修復作業を公開

先週国会議事堂の隣にある大正5年7月9日(1916年)に完成し65メートル(213フィート)の高さの塔を持つ市内で最も高いブエノスアイレスのアール・ヌーボー様式の重要な建造物でイタリア人建築家 フランシスコジアノッティが設計。

 

このコンフィテリア モリーノは1階のメインホールを含む1年以上前から行われた修復工事の公開に今回踏切った。832平方メートルの壮大なパーティーホール、大理石柄(本物では無い)で飾られた6つの柱、天井の全面的な改修、修復された歴史的な照明が設置され建物の改装が進んでいる。このホールにあるオーケストラが演奏する小さなステージが修復されており、当時モリーノが流行っていた頃、ブエノスアイレスの家族がこのホールでパーティーを祝っていた。改装グルー
プのコーディネーターアパリシオ氏は、「無くなっていたブロンズの飾り物やロゼット等は、隣の住民の15歳の娘のパーティーの写真の背景を参照したが、かなり困難を伴い専門家がイメージを拡大しながら調べ上げた」と説明した。完成当時南米のパリともてはやされたブエノスアイレスだが大正5年となると日亜修好第1号移民の故榛葉贇雄記者が活躍しておられた頃、日露戦争11年後である。当時の故榛葉記者のアルゼンチンでの生活が目前に浮かんでくる様だ。妻ラウラの叔父小説家のヘンリーハドソンも生存していた時代。カフェは1997年2月23日以来閉鎖された。同1997年アルゼンチンの国立歴史的建造物に指定されている。