Viernes, 10 de Julio de 2015
蕎麦と情熱 

元在アルゼンチン日本国大使公邸 料理人

(本紙でおなじみ、アルゼンチンでの任期を終えて日本に帰国した、元在アルゼンチン日本国大使公邸料理人、末広亮さんから新たに投稿が届きましたのでご紹介したいと思います。投稿文の題は『蕎麦と情熱』。出身は関西の末広さんですが、東京のとある蕎麦屋に住み込み見学体験したようです。)
東京という街は関西出身の私にとっては、唯一というわけではありませんが同じ日本でも習慣や文化の違いを大きく感じさせてくれる場所で、もう慣れましたが言葉も最初はなじみにくかったものです。初めて東京に来たのは10年ほど前で、街の大きさや清潔さ、整った環境には驚きました。基本的に海外で生活をしている私は日本に休暇や他の理由などで帰国した場合は、だいたい浅草あたりに滞在します。

浅草の少し下町情緒の残った雰囲気が気に入っていることや、便利さが好きで、時間があるときは散歩をしたり、買い物をしたりと飽きない地域です。
今回、アルゼンチンの任期を終え、いつも通り日本に帰国し、浅草で過ごそうと思っていたわけですが、3ヶ月ほど次の任地で仕事を始めるまで時間があり、せっかくなので旧友に会ったり、日本国内を色々と旅行してみようと思い、ふらり一人旅をすることにしました。日本の文化に引き寄せられ、様々な方にお会いできればなと思いまして、そのことを友人と話していたところ、ひょんなことから浅草ではなく彼の実家で数日お世話になることになりました。彼の実家が蕎麦屋ということを聞き、見学させてもらいたいとお願いしてみると、宿泊付きで見学させてもらうことになりました。
秋葉原からJRで千葉方面へ15分ほど、小岩という駅で降り、徒歩5分もかからない距離に、少し隠れ屋的な小さな蕎麦屋があります。友人の父親が経営していて、テーブル席が3つ、カウンターに数席とこじんまりとしていて、小物や壁にかかっている絵など、レトロでありながら独特の雰囲気が出ていて、蕎麦を打つ小部屋を除くと、おしゃれな和風BARのようなお店です。店主は広告代理店に勤務していたそうですが、退社して蕎麦屋で数ヶ月勤務したのちにこのお店を出したそうです。味付けは少し濃い目ですが、塩分が強いわけではなく、江戸っ子の味と言うべきでしょうか、一杯呑みたくなる味です。他にも季節の食材を使ったメニューもあり、ちょっと蕎麦でも食べて美味しい日本酒を呑む大人の空間といったところでしょうか。
私が驚かされたのは、店主の蕎麦への情熱や食材への考えで、直接生産者のところへ足を運び、自身が納得した材料で調理しておられることで、料理人として当然のことかもしれないのですが、美味しい蕎麦をつくることへの情熱を多大に感じさせられます。もちろん食材だけでなく、器や酒にもとことんこだわっており、言い方が失礼になるかもしれませんが、10年ほど前までサラリーマンであったようには全く感じられない、立派なそば職人であります。
店主の蕎麦打ちを拝見させていただいたのですが、そば粉を石臼で挽き、その後も漉し器でふるってそば粉を作り、水と合わせていき、空気を抜く程度にまとめていく。
寝かした後に台の上で丁寧に伸ばしていき、包丁で切っていく。シンプルな作業ではあるのですが、細かな動きや仕事ぶりには、美味しいそばをつくるという店主の情熱が伝わってきます。お店を出されて10年、日々この場所で、蕎麦を打つなかで、試行錯誤して店主の納得できる蕎麦に仕上がげられており時折、蕎麦を打つ上で大事なことや気をつかっていることをお話になられているのを聞いてますと、蕎麦が本当にお好きなんだなというのが感じさせられました。
私自身もジャンルは違えど、料理人として18年厨房に立っていますが、この一つのことをこだわって継続していくということは安易ではないことは良く理解しております。
本当にこれでいいのか、もっといい状態にするにはどうすればいいのか、常に向上心がないと継続どころか、うまくいかなくなるのが料理であり、ものづくりというものであります。それを商売として行うわけですから、客の納得する味や価格にしなければならない。昔は蕎麦と銭湯の値段は同じだったそうですが、現在では食材の価格から、当時のようにはできないのが現状です。ですが本当に美味しいものというのは少し高くてもまた食べたいと思い出してしまうものです。
料理というのは食べた後は形に残りませんので、舌から伝わった記憶のみになります。その記憶がお客に足を運ばせる。その時に前回より味が落ちればがっかりしますし、美味しければどんどんくせになるものです。店主の作る蕎麦はチェーン店などと比べ、少し値段が高めではあるのですが、こだわられた食材で丁寧に作られた味は、むしろ食べた後では安く感じさせられる。
蕎麦というシンプルな味ながら、安価な蕎麦との違いがはっきりとわかる上品で自然な舌触り、ほんのりとしたそばの香りでまさに本物の蕎麦であります。
店主と話している際に、こだわりという言葉は好きでないと伺いましたので、なんと言葉を変えようかと考えましたが、情熱という言葉が一番いいのではないかと思い題として書かせていただきましたが、この情熱こそ我々若い世代が受け継いでいかなければならない気がします。やりたいことや、好きなことを情熱をもってするということの素晴らしさや、人に誇れるものや喜んでもらえるものを創りつづけることの素晴らしさをこの小さなお店で学ばせていただきました。
アルゼンチン在住の際も、日系の方の手作り味噌や納豆には驚かされましたし、現在の日本の家庭では忘れられてしまった伝統が今も日系社会のなかで守られている事に素晴らしさを感じさせられたものです。こういった伝統あるものは、現在の私たちの食生活の変化の中でも真髄のようにあるもので、丁寧に作られたものは本当においしいものですし流行りの料理にはない体に染み付いている伝統の美味しさがあります。
今回はここ小岩で見かけることができました。勝手気儘に書かせていただいた拙い文章ではありますが、是非、帰国した際にお時間がございましたら足を運んでみてはいかがでしょうか。蕎麦の味わいや香りは、異国生活の疲れた体には優しくしみ込むように流れ込むようです。

元在アルゼンチン日本国大使公邸 料理人
末広 亮