Viernes, 08 de Mayo de 2015
アルゼンチンでの任期を振り返って② 公邸料理人 末広亮

着任前は、正直に自信がありました。私自身の今日までの経験を活かせれば、いい評価をいただけると思っていました。
実際は、今までにない形で、頭を打つことが多く、世間の私への見方は、若手ではなく、ベテラン料理人に変わっていましたし、何より今までの公館と違い、公邸会食の規模が大きかった。慣れないスペイン語やアルゼンチンの文化の違いに散々つまづきました。水上大使ご夫妻には色々と期待外れに見えたのではないでしょうか。公私を含め、とにかく悔しさと未熟さを感じながらのスタートを切ることになりました。
また少し慣れた頃にはIOCの怒涛のような会食の数々、来られるお客様も普段はまずお目にかかることがない方々ばかりで、私の厨房はもう、毎日クリスマスパーティをしているような状態でした。
妃殿下がお越しになられた際もほんの少ししか準備をする時間が取れず、今でも、あの時はよくなんとかなったなあと思い出します。晶子妃殿下はお食事後、マテ茶にご興味をお持ちになられて、急遽、私のマテでサーブすることになり、今でもその後は使用せずに私の家宝になりました。

IOCのレセプション等が終わり、それから少しして秋篠宮両殿下がアルゼンチンを訪問なされた際に、公邸にお越しになられました。私自身、お会いさせていただくのは実は2度目で、高校生の時に乗馬をしており、全国大会に出場した経験があり、その際の開催式でご挨拶をされていました。  当時は気楽なもので、
テレビで見かける偉い人程度にしか考えていませんでしたが、さすがに食事を用意するということになると、プレッシャーはかなりありました。公邸料理人としては各国の大統領や著名人の方々よりも何よりも
ハードルの高い名誉なことで、色々と戸惑う点もありましたが、あまり意識しないように食事をご用意させていただきました。
私にとっては、大統領であろうが、子供であろうが、大使が招待された方は大事なお客様ですので、全力でその時に出来る一番の料理を常に心がけています。
ですがやはり皇族のお客様に料理を提供するということは、日本人である私には特別以上の出来事で、料理をお褒めいただいたことは大変嬉しかったですし、おかえりの後はもうクタクタで、ビールを少しのんですぐに寝てしまいました。
それからでしょうか、環境、言語、仕事にも慣れ、私の経験が活かせられる機会が増え、大きな一歩が踏み出せたのではないかと思います。
上記に書かせていただいた、良い食材、経験、技術、言語、人脈が今は整った状態ですので、今一度IOCの時のような時期をやり直せればいいのにとよく思います。
アルゼンチンでの勤務で学ばさせていただいたことは、何よりも牛肉とワインです。いかに私の料理に取り入れるかを考えた任期でした。
日本の牛肉とは違い、旨味は強いが、しゃぶしゃぶなどにすると硬くなりやすい。試行錯誤の結果、公邸では昆布締めにしたフィレ肉を鮨にしたり、熟成肉にしたり、独自のしゃぶしゃぶやすき焼きにしてみました。ワインも呑むだけでなく、様々な形で料理に使用し提供させていただきました。ソースやデザートに使わせていただき、アルゼンチンならではの料理を提供させていただきました。
また日系の方々が作られている豆腐や野菜には非常に助けられました。今後もアルゼンチンで日系の方々が作られる食材がたくさん増えればいいなと思っています。公邸ではよく、日系の方が作られている豆腐とさつま揚げを大型レセプションでは使用させていただき、どちらともアルゼンチンのお客様に好評でした。野菜に関しても質の良いものが多く、色々と調理を変えて提供させていただきました。
現在、日本で公邸料理人を主役にしたドラマが始まっており、私も原作になった漫画は以前愛読していましたので、環境は違えど、皆様に同じ仕事に理解や関心を持っていただけるというのは大変光栄うれしいです。お客様のことを常に考え、料理を臨機応変に提供する仕事なので、果敢に専門分野以外のことにも挑戦しなければならない。また専門分野であれば他に負けられないといった様々なプレッシャーがあり、レストランとは一味違う料理人の勤務は魅力的だと思いますので、ぜひ興味のある方はご覧ください。
こうしてドラマと同じように公邸料理人として勤務をさせていただいて、そろそろ8年目になります。一般の調理場では大きいところですだと、料理長、副料理長、その他料理人が数多くおり、私自身は最初は小さいお店で勤務させていただいて、以後は複数の板前で調理場に立つお店で勤務していましたので、現在の環境とは全く異なります。
公邸料理人の仕事は、いわば大使の専属料理人です。先ほども述べさせていただきましたが、大使の普段の食事から晩餐会まで全てを行います。つまり、料理人にとって大使は”主”であり料理人は”直属の部下”になります。大使のお考えに合わせて調理いたしますので、各大使によって望まれることは様々で料理の内容も大きく変わります。大使によっては料理人にお任せする方もおられますし、様々な希望を出される方もおられます。私の場合は基本的にはお任せいただいており、時折、好みをご確認させていただいたり、ご意見をさせていただいたりしています。あまりにも大使のお仕事やご経験と料理人の仕事はかけ離れたものがありますので、意見が食い違うことやご理解していただけないこともありますが、不思議と時が経ちますと自然と息が合うようになるものです。多くの料理人の方はお一人の大使と数カ所、一緒に回ったり、一つの場所に残り勤務される方が多い様です。やはり、慣れた環境や息のあった
大使とは料理人としてもやりやすいのですが、私の場合は様々なことがあり、お一人の総領事、お二人の大使にお仕えしてきました。帰国後は水上大使は国内勤務になりますので、私は今一度、フリー料理人になることになります。
私自身の場合、離任後は少し休んでから、他の国で勤務することにしました。まだどこに行くかは決まっていませんが、ゆっくり休んでから考えようと思っています。一時はアルゼンチンで独立も考えましたが、まだまだ成長していく上で、いろいろな環境でチャレンジすることが今はいいのかなと思い、アルゼンチンを離れることを決めました。
公邸料理人として水上大使ご夫妻とアルゼンチンで勤務させていただいたことは大変勉強になりました。時には厳しいお言葉もいただき、時には励ましていただきました。アドバイスもたくさんいただき、かけがえのない3年3ヶ月になったと思います。
着任してから一途に水上大使夫妻の自慢の料理人になると決めていましたが、数々の失敗もしたので、さすがに聞く確かめる気にはなれません。私なりに他の料理人に負けてはならないと思い、今日までご一緒させていただいた中で、様々な場面で一生懸命仕事に向き合えたし、大きく成長させていただくことができ、今後も今をベースに精進していくことが恩返しになるのだろうと思っています。
私のバカな冗談にも付き合っていただいたり、愚痴をこぼしてしまったこともあります。味に厳しいご夫妻でしたので、お褒めいただいた時は何よりも嬉しく、自信に繋げていくことができました。
最後になりましたが、いろいろな方々にご迷惑をおかけしながら、様々な形でご協力いただき、無事に任期を終えることができました。
皆様からのご協力、暖かい応援の声がなければ、うまくいかなかったことがたくさんありましたし、励みになりました。またアルゼンチンで勤務する機会があるかもしれません。日本や他の国でお会いするかもしれません。その時に今よりもひと回りもふた回りも成長した私をお見せできれば幸いです。大変お世話になりました。またお会いできる日を楽しみにしております。
_アルゼンチン日本国大使館
公邸料理人
末広 亮