Viernes, 31 de Octubre de 2014
沖縄旅行記② 読谷村を巡る

沖縄旅行二日目は、ホテルのある読谷村近辺を巡った。読谷村は沖縄本島中部の中頭郡に属する村で、北は恩納村、南は嘉手納町に隣し、先端の残波岬の名は著名な泡盛の名としてもよく知られている。読谷村には多くの遺跡が所在し、中でも座喜味城跡は世界遺産に登録されている5つのグスク(首里城、座喜味城跡、今帰仁城跡、勝連城跡、中城城跡)のうちの一つである。尚巴志が琉球国を誕生させる最中の15世紀初めに読谷山按司(護佐丸)によって作られたと言われる座喜味グスクは、読谷の丘の上に立ち、海へと開かれた眺望と、石の城壁のカーブが美しい。首里城にしても、この座喜味グスクにしても、カーブの凹凸が独特だった。カーブさせることにより頑丈になり、また見晴らしが利くのだそう。アーチ石門には、他のグスクには類がないくさび石がはめられている。

座喜味跡地敷地内には歴史民族資料館と併設され読谷村立美術館がある。丁度琉球ガラス展が開催されていた。琉球ガラスが戦後沖縄に駐留した米軍たちの生活用品の需要に伴い製造されたリサイクルガラスだということを初めて知った。透明のようでもわずかにエメラルドグリーン色が着いていて、それがかえって親近感をもたらす。その次に訪れた“やちむんの里”ガラス工房で見た大量のコカ・コーラの古びんにも、それで納得がいった。ちなみに、やちむんの里とは主に陶芸家の工房が集まる地区で、“やちむん”とは沖縄の言葉で焼き物を意味する。読谷村立美術館でも目した、島袋常秀氏の工房もある。リズミカルな筆づかいや、釉薬のみずみずしさがとても魅力的だった。前日の晩、ホテル近くの「読谷物語」というお店で食べたが、すべての料理がやちむんの器で出され、泡盛もまたやちむんに入れられていた。普段から陶器を見るのが好きなこともあって、連日やちむんの美しさに目が和んだ。
やちむんの里を離れたあと、チビチリガマへと向かった。沖縄戦で米軍が上陸した際、住民83人が集団自決した場所である。それは、農道を奥に入っていった窪地のあまりにも悲しい暗がりにあった。当時の悲惨さが伝わってくるようで、そこにいるのが辛くなるほど悲しい場所だった。いくつもの千羽鶴が壕の入り口に掛けられ、近所の住民か遺族の人々が落ち葉掃除をしていた。私達が到着したのを見て、無言のまま蚊取り線香を炊いてくれた。
二日目は読谷の歴史と文化に触れた一日だった。一日早く東京へと戻った両親と、夕暮れを見ながらの夕食となった。「沖縄と言えば海」と思っていた私を今回驚かせたもの、それは雲だった。空に浮かぶ巨大な入道雲は、海に負けないほどの存在感がある。海に平行した底辺から空高くモクモクと大きく広がる雲、ときにスコールを降らせる真っ黒い雲。日没が絶景といわれる残波岬。遠くの海に浮かぶ雲が夕日を隠してしまっていたが、雲の後ろからこぼれる淡い光を眺めるのもまた美景だった。(郷田)