Viernes, 17 de Octubre de 2014
沖縄旅行記 一日目 那覇

再び日本に帰る機会に恵まれ、今私はアルゼンチン人の主人と実家の横浜に滞在している。8月31日、飛行機から出た瞬間のむーんとした熱気が、残暑の日本に来たことを実感させた。

ハネムーンが沖縄だったという両親が今年の三月に沖縄の読谷村、残波岬を訪れ、突如迷って岸までやって来た鯨に遭遇。この感動的な経験が彼らに沖縄へ特別な思いを抱かせたようだ。9月2日から3泊4日で沖縄本島を訪れた。宿泊はやはり残波岬。雨男雨女の両親と一緒なので少し天候が不安だったが、連日素晴らしい天気に恵まれた。

那覇空港へと着陸態勢に入った飛行機の中から、エメラルドグリーンの海を見下ろしながら、東京から弱3時間で来られる楽園光景に興奮を覚えた。空港からゆいレールに乗って自衛隊基地を通りながら首里へ向う。都会とはまったく熱帯樹のみどり色、家々の瓦屋根の赤が印象的だった。沖縄赤瓦、島瓦、琉球瓦などと名がついていて、通常は青とグリーンがトレードマークのファミリーマートや青と白のローソンなどのコンビニも、景観を壊さないように赤色で統一されていた。
500年の歴史をもつ琉球の城は1992年に復元されていて、第一印象は全体的に新しく、例えば正殿内の下庫理(国王自ら政治や儀式を執り行う場所で建物の1階にあたる)や御差床(1階の王座)、大庫理(王妃や身分の高い女官たちのための空間で2階にある)のような全体が朱と金の装飾で豪華に飾られた空間も見事にリニューアル(復元)され、そこから古い歴史を感じるのは正直難しかった。もっとも公園内の城壁や数々の石門に古き良き時代が残っていた。夏休みが続いている大学生と小さな子供達、なによりも場内には中国からの観光客で溢れかえっていた。確かに東京よりも近いところに中国や台湾がある。
首里城は、三山に分かれいた沖縄を15世紀に尚巴志が統一した琉球王国の城。首里では、尚氏の側から琉球の歴史に触れたが、その後の滞在で訪れた今帰仁城では滅ぼされる側の北山王国の側から、座喜味城では北山攻略と琉球統一を手助けした読谷山按司の側から同じ歴史を見直すことが出来た。このことは引き続き旅行記の続きに書きたいと思う。
首里城では今、『琉球王国の美~織染』展が開催されている。琉球独特の色使いや意匠はもとより、アシンメトリー(非対称性)を基調とするものが多い着物とは対照的にシンメトリー(対称性)を基調としたデザインが印象的だった。
首里城にある年表は中国、日本、沖縄という3つの流れに分けられ、歴史的記述も「日本の一部としての沖縄」ではなく、「沖縄」となされていた。アルゼンチンに住む沖縄出身の私の友人が「日本に帰りたい」とは言わず、「沖縄に帰りたい」と言っていたことを思い出した。
首里城のあとは牧志の第一公設市場へ。暑い中コーレーグースをたっぷりかけて、オリオンビールとともに大汗かいて食べるそばは最高だった。昼食後はレンタカーを借りて宿泊先の残波へと向かった。(つづく)