Viernes, 30 de Mayo de 2014
書家 濱野龍峰師來亜し

各所で講習会や指導、実演

書家の濱野龍峰師が去る7日アルゼンチンを訪れた。
これは教育連合会が企画、準備に当たり、沖縄県人連合会、JICAが協力したもので、まず、8日(木)14時30分より17時まで亜拓書道会で指導と講習、9日〈金〉15時から16時30分まで大使館文化センターで教連主催の講演会、同日19時から21時まで沖県連で公開講習が開かれた。
さらに、10日(土)15時から17時までラプラタ日本語学校において、中学生から成人を対象にした講習、11日〈日〉14時から14時30分まで書道の実演を行った。

本紙は9日、沖県連における公開講習を取材した。30名が集まったが、半数以上が非日系人の成人男女で、残りが日系人。また初めて筆を手にする人が多かった。全員に筆、硯、墨液が用意され、最初古い新聞紙を利用して、通訳付きで「花」の字を手本にして筆の使い方、筆運びの指導。濱野師は師の肩書きを持つだけの実力がある人だが、その指導は気さくで明るく、丁寧だった。
日本名の書き方知らない日系人
濱野氏は1960年、福井県生まれ。1978年、福瀬餓鬼に師事、さらに94年、中国杭州に遊学し、篆刻(てんこく)を学んだ。篆書とは隷書、楷書のもとになった古い漢字の書体の一つで、たとえば、日本のパスポートの表表紙の「日本国旅券」という字がそれに当たる。
2000年以後、日本だけでなく外国で「般若心経の空間」というタイトルの個展、「日本人3人展」、「書のある空間つくりから~龍峰千字文展」、世界中、古今の書を一堂に集める「国際カリグラフ展」、その他の個展を開いている。
とくに2010年には、「ハワイ官約日本人移住125周年記念 濱野龍峰書展」を開いた。その際、日本の海外移民の魁(さきがけ)となったハワイ移民約400人の名字を縦3㍍、横2㍍のの布に書きつづった作品群と、明治元年に政府の許可を得られずにハワイに渡った元年者112人の名前を篆刻で表現した作品を展示した。
取材の折次のような意見を述べている。「2000年にハワイ州の高校で、乞われて書道の特別授業を行ったことがある。若い世代の日系人は、顔は日本人でも中身はアメリカ人。でもどこか日本人の「におい」を感じる時がある。それは日本人の持つ血だと思いました。同時に高齢の日系二世、三世の方々が、若い世代の彼らから日本の存在が薄れていくのを悲しがっていたことが、とても印象的だった。ワタナベやサトウなど自分の名前がどのように書くのか知っている生徒がいなかった。
そこで、これまでの日系人の方々とのお付合いを通して、自分にできることとは、日本の海外移住の魁(さきがけ)となり、ハワイの発展の礎となった、彼らの祖先である明治の移民たち一人ひとりの名前を片っ端から書いていくことでした。若い世代の日系四世、五世に、自分たちのルーツである『祖国』日本を見つめ直す機会を作ること、それは会場を、書のある空間として彼らの祖先の名字で埋め尽くすことでした」