Viernes, 21 de Marzo de 2014
第三回目の「ブルサコ祭り」、すっかり定着

他の祭りのように、年々進化見せる.

ブルサコ日本人会恒例の「ブルサコ祭り」が去る2日(日)10時過ぎより、所属運動の協和園で催されたが、来賓として、有吉勝秀公使夫妻、智之領事夫妻、武田浩幸JICA所長、阪田フェリサ、マリオ亜日文化財団副理事長夫妻、新里孝徳・元沖県連会長、新里真一・元ブルサコ日本人会会長夫妻、大野剛浩シェフ,その他、地元の市役所関係の人たちが顔を見せていた。

プログラムは、太鼓(ブエノスアイレス太鼓)にはじまり、踊り(参加型の盆踊り)、エイサー(琉球国祭り太鼓)とひと回り、もう一度それを繰り返し、リーファの抽選をはさみ、参加型盆踊り、最後にエイサーからカチャーシに移って締めくくられた。
緑に満ちた広い会場は、暑くなく寒くなく、トンボが飛び交い、秋の気配さえ見せていた。このブルサコ祭りも、回を重ねること3回。日系人、非日系人の老若男女が会場をいっぱいにしていた。写真①日系社会では「祭り」の後発組で、手さぐりの出発だった。盆踊りの太鼓の叩き手はサルミエント日本人会の協力出演があったが、昨年から自前の叩き手15人が交代して叩いている。また、興味をひきつけるため、プログラムを交互に組み合わせる工夫をしていた。
治安上、昼の夏祭りとなったが、はじめ、明るすぎて雰囲気が伴わなかったが、今では50店の売店に日本人会の直売店も加えて、買う気はなくても値段を尋ねたり、選んだり、食べ物を試したり、明るいからこそ皆さんが結構楽しんでいる。全景が見える。
大先輩格のウルキーサ地区ラプラタ日本語学校の盆踊りも、純日本式の参加型盆踊り、異国情緒で人気を集め、それを押し通していたが、マンネリから抜けるため、いまではダイナミックな太鼓実演を取り入れている。
異色の「沖縄祭り」も、沖縄的な特色を活かしながらの参加型盆踊りだが、オキナワ的なロックを取り入れるとか、非日系の若者まで引き付ける試行錯誤をしている。
『「日本人の血をひいているから日系人である」時代は終わり、「日本文化に関心を持つ者が日系人としての意識を持つ」時代へと変化してきた』『「血統」超えて文化継承』と指摘するのは、最近本紙で紹介した、JICA横浜 海外移住史料館の小嶋茂氏である。
アルゼンチンのタンゴでも、日本人も含めて非アルゼンチン人がタンゴを強力に後押ししているところがある。