Viernes, 19 de Abril de 2013
サロン一杯にAUNのバザー

移住者、高齢化、生き甲斐をめぐって. 劇「私の名前は・・・」

既報、AUN(日系学士会)ボランティア・グループは沖県連婦人部も協力して、「高齢者宿泊福祉施設」活動資金調達のためのバザーを去る7日(日)11時より、沖県連会館大ホールで催した。
正午頃からだんだん人出が増え、準備されたテーブルで、うどん、弁当、チョリパン、にぎり寿司、その他菓子類を楽しんだ。日亜学院OB、非日系人の参加も多かった。
やがて、水上正史大使夫妻、娘さんも顔を出し、日系社会のバザー風景を垣間見、主催者たちと話を交わしたりした。

16時過ぎよりいよいよ劇「私の名前は・・・」。テーブルが片付けられ、ホール一杯に椅子が並ぶがすべてふさがる。皆さんのお目当てはどうやらこの劇にあったようだ。
昔はやった「お富さん」の唄が流れる。
第1場
幕が開くと横並びにお年寄りたちが座っている。毎週水曜日に一回、高齢者宿泊福祉施設のデイサービスに顔を出す人たちだ。体操、手芸、その他のレクリエーション、おやつ、誕生祝いなどを楽しむが、舞台でそれを再現する。
第2場
舞台に映写幕が下ろされ、におじいちゃん、おばあちゃんたちの映像や写真が映し出される。
第3場
横並びのお年寄り一人ひとりが自己紹介。
第4場
ボランティアのヨーコ、ケイコ、タカオさんたちの指導で、お年寄りのための体操。
第5場
戦前移民として木工所を経営した故照屋朝良さん、戦後移住で織物製造・販売をした山尾敏夫さん、戦後来亜の饒平名朝美さんの略歴が語り、写真、映像で紹介される。
第6場
日本人形の役割で、大庭キクさんの日本舞踊。
第7場
Luna tucumana -Se llama Fujiyama 谷口庄平、ロサウラ・シルベストレさんらのギターと歌。ノルマ、エミリオさんらの民俗舞踊。
第8場
La Boca。ドクトル国分ホセのタンゴの唄。モニカ-マルコス、アンヘラ-ルイス2組のタンゴダンス。
第9場
Chachá キューバ系の舞曲、チャチャチャ。ボランティアのヨーコ、ケイコ、タカオさんらとお年寄りたちが賑やかに踊る。
第10場
戦後移民のクニコ、初子さんらの思い出話。
第11場
AUNコーラス隊の「サクラ サクラ」、その他の合唱。
第12場
Pericón 中年世代の二世たちのフォルクロ―レ団体踊り。
以上、井上リカルド・Yancoさんの振付け・指導で行われた。
Yancoは芸名。広島出身の井上政市さん、パラグアイ出身のEloisaさんの5人の子どものうちの1人で混血。
1950年代、在亜日本人会のロックン・ロール(アメリカで生まれた若者音楽で熱狂的に体を揺すり動かして踊るダンス)のコンクールで優勝、その後市内のMaipo劇場で、当時大流行したこのダンスのショーに出演、
さらに、当時の芸人、Nélida,Eber Lobato一座とチリ、北米を巡回、有名なフランク・シナトラ、ディーン・マーティン、サミー・デビスJr.、ペーレス・プラドなどの協演をしたこともある。
やがて、この一座から離れて、ラス・ベーガス、ブロードウエイで興行、カリフォルニアのTVでは、歌手のエルビス・プレスリー、ポール・アンカ、タップダンスのフレッド・アステア、ドナルド・オコンナーと出演した。
その後、有名な振付師の助手を務め、さらに独立して活躍、また。多くの映画の振付けを担当した。
去年9月、友人の森本アンヘラさんの誘いで、このAUNの催しに賛同することになり、高齢者施設を訪れたとき、お年寄りの一挙一動、言葉の一つづつに非常に強い印象を受けた。すっかり、やる気になった。
こうしたお年寄りの生き方が着想を与えてくれたので、それを組み合わせて、脚本がすぐ出来上がった。
練習でたくさんのおばあちゃん、ボランティアの人達と近づきになり、すっかり魅せられる。「亡き両親は、私がおじー、おばーたちと活動しているのを見て、大変喜び、誇りに思っているでしょう。これまで、自分には祖母はいなかったので、練習していて非常に楽しかった」
アメリカに50年も住みついていて、去年10月から、この劇の練習に参加するため、何度も往復している。
「家に閉じこもらない」「元気なお年寄りを、もっと元気に」「生き甲斐」「仲間と一緒に、楽しく」が、これまで高齢者を対照にして活動してきた、AUNのボランティア・グループの活動基本になっている。それと、この高齢者宿泊福祉施設に集まるお年寄りたちの明るい前向きの生き方、井上Yancoさんによる、移民の歴史の断片、映像を組み合わせて仕上げた着想など、三者一体になったものが、素朴ながらも、この日の劇「私の名前は・・・」の良さだった。