Viernes, 17 de Agosto de 2012
「マルビーナス戦争30周年を振り返って、4月2日と6月14日を考える」(下)
Escrito por アルベルト松本(俊二)    

歴史を裁くことは、その国とその社会がどれだけの教訓を学ぶかであり、すべてを訴訟にして白黒をつけることはできない。政治が報復の場と化すれば、間違いなく現政権も力が衰えた時には同じように追放され、後には醜い報復が待っているだけではなく、政治制度は更に弱体化し、制度的に政策運営が今以上に困難になることが予想される。
マルビーナス戦争は確かに軍政権によって決定され実行されたものだが、将校も含めて我々兵士は国民の義務としてあの任務につき、それを想像を絶する環境のなか全力で尽くしたのである。英軍が、我々の功績と忍耐、勇気と戦いぶりをたたえるぐらい、あの限られた状況の中我が軍は戦ったのである。上層部の認識の甘さや、現場での不十分な統制と命令系統の粗末さなど、不備は数えきれないほどあるが、あそこで育まれた戦友同士の連帯感と友情や、あの戦争体験に対する思いはその島でしか得られなかったのも事実である。

多くの人命が失われ、そのうち巡洋艦「ヘネラル・ベルグラノ」の323名のは英海軍潜水艦の卑怯な攻撃(封鎖海域外で撃沈された)によるものだが、それも戦争の一部であるというふうに受け止めることしかなく、尚更せめて彼たちの英霊を弔うのが我々の、国民全体の責務であり、永久的にアルゼンチン社会の記憶にとどめておくことが必要である。
しかし残念なことに我が国の政治は、このマルビーナス問題を真剣に議論してこなかっただけではなく、我々帰還兵の社会的位置づけを正面から取り上げることも避けてきた。
2010年5月建国200周年記念パレードという晴れ舞台に、現大統領も国防省上層部も、帰還兵だけの進行は認めなかったのである。独立戦争から存在する多くの伝統的部隊、将校や下士官学校の現役隊員等合わせて5000人と、招待された南米諸国の小隊が、大統領や政府要人・在外公館の代表の前を、誇らしげに行進したのであるが、マルビーナス戦争の陸海空の各部隊は、そうした栄誉は許されなかったのである。しかし、一部の帰還兵は、現在普通の民間人であるが、強引にセキュリティーを破り「649名の英雄に栄光あれ!」と書かれた大きなアルゼンチン国旗を持って要人の前を横断し、数十メートル行進したのである。市民からは大きな拍手が上がり、大統領もガレー国防相も気まずい顔をしながらも拍手を送った。一瞬とは言えこの映像は全国に流れたのだが、政府系メディアはほとんど報道はしなかった。完全な主役でなくてはならない大統領にとってこれほど大きな屈辱はなかったのである。これが今の政権の認識であり、帰還兵を讃えることは軍部を認めることであり、戦争を正当化することであり、絶対的な人権政策の限界を認めることを恐れているのかも知れない。
複雑な歴史の出来事であるがため、まだみんなが共有できる認識と評価ができなくとも、国のために戦ったものをこのような形でないがしろにすることは、褒められることではない。帰還兵たちは、この30年間常に世間を意識しながら歴史の矛盾とそのもどかしさ、国民としての義務とはいえ軍事政権が判断した作戦に参加した後ろめたさ、そしてどうにも果たすことができなかった任務に対するむなしさとの戦いだったとのかも知れないが、“英雄扱い”で政治に翻弄され、社会生活の中でのギャップが次第に家族や地域社会とあつれきを生み、一部は自信喪失になったり、社会を恨んだり、孤立の中命を絶ったものもいる(どこまで信頼できる統計であるか分からないが、これまで400人近くが自殺しているという)。当然、その因果関係を立証することは中々難しいが、帰還兵の精神的サポートを行ってきた医師やソーシャルワーカーの話を聞く限り、何らかの葛藤があったことは間違いないし、社会からきちんと認知されていないことでプライドに傷つき被害者意識が増してしまったのである(ベトナム戦争後も同様の現象が起きている)。 
いずれにしても、地域レベルでは帰還兵たちはかなり暖かく迎えられており、従軍した兵士がいる町には必ずと言えるほど慰霊碑又は記念碑が建立されている。そして、毎年4月2日の式典にはその出身地の帰還兵とその家族は市長から招待されることも多い。また、もう一の救いは、所属部隊の仲間や上官からの暖かい励ましと連帯である。定期的にアサード(バーベキュー)をしたり、帰還兵たちの職や家庭についても相談にのり、多くのものは親交を深め、家族ぐるみの付き合いをしている。他方、中には未だに直属の下士官等を憎んでいるのも否定はできないが、近年絆は深まり定期的にメールで会合や行事の案内を受ける私もその心遣いには感謝している。3月に戻った際、その元司令官や、現役将校、戦友仲間と会い、私のマルビーナス訪問の報告をとても喜んでくれたのである。また、母校のサルバドル大学政治・国際関係学部では学長の計らいで、学部生に「マルビーナスの今」という題名で講演をさせてもらった。
あの戦争からたった30年しか経っていないのだが、まだ30年である。この体験を消化するには半世紀もしくは一世紀ぐらいは必要なのも知れない。そして、領有権の主張も長い年月と未来志向が必要であると実感している。だから、4月2日と6月14日の意義とその背景をもっと知る必要があり、現実的に自覚しなくてはならない。
連帯感を示してくれている南米諸国等も、個別の国益に関してはきちんとイギリスと利害調整をしており、チリをはじめ、ウルグアイやブラジルも今後の動向を注視しながらこの問題についてはあまり深入りしないことを模索している。
最後に、30年前日系社会も日本人会AJAを通じて9 de Julio大通りの集会で、マルビーナス領有権回復への支持を表明してくれたことに皆様に心から感謝したい。また、本紙の高木編集長及びその編集者たちには、長年私のマルビーナスでのことを報道してくださり、そしていつも温かい気持ちで見守ってくださったことを改めてお礼を申し上げたい。もちろん、両親をはじめエスコバールの皆さんにも同じ気持ちである。¡MUCHAS GRACIAS!