Jueves, 02 de Agosto de 2012
「マルビーナス戦争30周年を振り返って、 4月2日と6月14日を考える」(上)
Escrito por アルベルト松本(俊二)    

30年ぶりに「戦場」を訪れた
今年は、我が国が以前から領有権を主張し、30年前に実力行使で島を奪還したことで節目の記念年である。その実行支配は、激しい戦闘の後に70数日間で終わったが、当時の軍事政権の終焉をも意味したものでもあり、多くの命を引き換えに事由と民主主義が回復した。
あの出来事からかなりの時間が経過したにもかかわらずその戦争に対する評価は国内でも一筋縄にはいかず、これまでどの政権も真剣に政治的、歴史的、外交的、経済的、そして軍事的に分析を総合的かつ専門的に行ってきたとはいいがたい。一部の退役軍人やジャーナリストによる出版物はいくつか出ているが、その内容も近年はイギリスやアメリカの資料も引用しているにもかかわらず、まだその戦争に関わった当事者からの証言と資料が不十分である。当初から、帰還兵の証言にもとづいた書物はあるが、かなり自虐的かつ被害者意識のものが多く、出版社の思惑もあって職業軍人に対する痛烈な批判が目立つ。映画化されたものもあるが、ほぼすべてが「兵士 vs 将校・下士官」という構造になっており、あまりにも単純化されたもので歴史的価値は低い。

私も、一人のアルゼンチン国民として4月2日の上陸作戦から10日後所属部隊(当時はメルセデス市にあり、陸軍歩兵機械部隊第6連隊)に自ら出頭して島に行くことになった。とはいえ、実際マルビーナス諸島に到着する30分前ぐらいに機内のアナウンスではじめて知ったのである(情報漏れを防ぐために中佐の司令官と側近以外は誰も知らされなかったのである)。我が連隊も様々な任務に付き一部の大隊、小隊は島の西側に配置されたため11人の戦死者を出している。我が小隊は、当初上陸の可能性が最も高いとされていた空港と街の間の湾近くに配置され、戦闘が始まった5月1日以降ほぼ毎日のように空襲警報と敵艦の艦砲射撃に見舞われた。
あれから30年経つが、マルビーナス諸島の状況は大きく変わり、そうした変化を自ら確かめることと、戦友の慰霊を兼ねて今年の3月3日一週間の滞在で島を訪れた。当時の面影もあったが、家や店、街全体がかなりカラフルで活気に満ちていた。
今回、愛知学院大学の杉山知子先生(国際関係を専門、ラ米の軍事政権とその後の真実追求委員会を研究)と、ブエノスアイレス在住のメディア・コーディエーターで日系二世のモニカ小木曽氏が同行してくれたのだが、そのおかげで大変有意義かつ刺激的な体験になった。2人のおかげで街の隅々まで散策し、取材等も兼ねて島の行政担当者やヘイウッド総督とも面談することができた。島全体の事情もかなり把握することができ、イギリス軍の慰霊塔(街の中心にあり、島民によって「解放への感謝」という言葉が刻まれている)、アルゼンチン軍墓地(サンカルロス付近のダーウィンにあり、街から90キロ西にかなり寂しいところにある300数名の墓地のうち123名のは未だに無名兵士という扱いで「神のみが知るアルゼンチン兵士」と刻まれている)、イギリス軍上陸の地サンカルロスの英軍墓地と戦争資料館、スタンレーの歴史資料館やスーパーマーケット、レストラン、土産店、そして観光名所の一つであるペンギンコロニー「ボランティア・ポイント」にも行くことができた。
行政当局等からの資料でも分かるように、この島の人口は2700人ぐらいで首都スタンレーには2500人が住んでいる。その他、国際空港にもなっているイギリス軍基地マウントプレセント(首都から50キロ西部に位置する)には2000人程度の兵士と400人の民間人が居住しているという。近年の島民総生産は2億ドル(160億円相当)を上回り、基地関係者以外の一人当たり年間平均所得は4万ドル以上で、アメリカ大陸3位(米国とカナダに次ぐ)の高水準である。行政としては漁業権の収入が大きいようだが、年間200隻以上の大型クルーザーの一時寄港で45.000人が上陸し、その買い物や日帰りツアーでかなりの外貨収入になっている。その他、羊毛の生産と輸出、外国漁船への各種補修サービス、油田探査やその開発に関係するロジスティック・サービス等による収入も増えており、今後石油採掘が実現すれば(2014年を目安にしているようだが)行政も地元経済も更に潤うことになる。
そうした中、アルゼンチン側は領有権主張や資源開発に対する制裁(船舶の寄港制限等)、米州機構等による外交圧力を強化しているが、むしろ、イギリスと島民の団結力を一層強くしており、自決権行使という名目で今後実施される住民投票は我が国と島民をもっと遠う退いてしまうかも知れない。
街のスーパー等を見る限り、生活必需品だけではなくかなりのものが揃っており思ったほど価格も高くない印象を受けた(消費税が免除されている)。一部の野菜と生鮮フルーツは案外高価だが、その他はチリやアルゼンチンとほぼ同価格か、むしろ島民の所得水準から見る限り妥当とも言える(家具や特注品、イギリスや他国から輸入しなくてはならないものは当然高額になるという)。
人口の一割ちょっとは外国人であり、同じイギリス海外領土のサンタエレナやフィリピン、ペルーやチリからもかなりきており、漁業関連やサービス部門に従事している。国際結婚で定住しているものもいる。
また、街を散策しているとあまりにもイギリスの国旗と英国への忠誠心を物語る落書きやシールが多かったことで多少戸惑いを感じたが、「俺たちはフォークランダーであり、祖国イギリスに守ってもらっている」、「心からイギリス人である」というような内容だった(一人になることへの不安の現れでもある)。(つづく)