Miércoles, 02 de Mayo de 2012
台湾映画「虹の橋 セデック・バレ」を見る

ブエノスアイレス国際独立系映画祭で上映。 台湾統治時代、最大規模の抗日暴動

第14回BAFICI(ブエノスアイレス国際独立系映画祭)が4月11日から2日まで催された。これは、ハリウッドの大手映画企業の傘下に属しない独立資本による自主映画を中心にしたもので、今回で14回目。映画フアンの渇望する映画祭で、市内の23の映画館で449本が上映されたが、うち、アルゼンチン国産映画も111本。35万人が入場し、昨年比で15%増だったことが示すように、すばやく手配しないと、前売りのチケットはすぐ売り切れる。
ところで、台湾映画「虹の橋 セデック・バレ」(監督 魏徳聖=ウェイ・ダーション)を見ることが出来た。駐亜中国経済文化代表部(台湾はアルゼンチンと正式な国交はないので、大使館に相当する)の招待で、以前、アルゼンチン日本人移民史編纂時代に手伝ってもらった曽さん(曽昭陽)の仲介によるものだった。

ところで、はたと困った。テーマは「霧社事件」、日本による台湾統治時代後期に起こった、台湾原住民による最大規模の抗日暴動を扱ったものだった。おそらく、観客は台湾の人たちが多いだろうし、昔、日本人たちの対応がどうだったか大体想像はできたので、四面楚歌というか、大勢の中で孤立した感じになる気がした。
市内のメルカード・アバスト・ショピング内にある映画館で上映されたが、台湾系中国人が大半の中にアルゼンチン人が混じっていた。
生き詰まるような激しい行動、暴力、他殺、自殺がはさまる抗日暴動だった。男たちは首狩り儀礼の習俗を残す、山岳地帯に住む誇り高い原住民だった。
暴動の原因だが、直接の原因は、1930年10月、日本人巡査が原住民の若者を撲打した事件である。その日、巡査は移動中、村で行われていた結婚式の酒宴の場を通りかかった。霧社セデック族村落の一つマヘボ社のリーダーである、モーナ・ルダオの長男、タダオ・モーナが巡査の手を取ったところ、巡査は宴会の不潔さを嫌うあまり、ステッキでタダオを叩いた。侮辱を受けたと感じたタダオは巡査を撲打した。
そのほか、日本の山林資源開発によって、原住民の狩猟の場が激減したこと、日本の警察の権威が集落のリーダーの上回り、原住民の社会組織に対して衝撃を与えたことなど。このほかにも、日本人は原住民を徴発して各種の建設作業に当たらせたが、それによって、粟を栽培し狩りをする時間を奪い、労賃も安かった事情、しかも、伐木の現場が原住民の伝説にある祖先の発祥の地にあったため、彼らの日本憎しみの心理をいっそう強めたとか。
モーナ・ルダオを中心とした六つの社(村)の成人に達した男たち300人ほどが、まず霧社(村)各地にある駐在所を襲った後、公学校の運動会を襲撃した。日本人だけが狙われ、約140名が殺害された。
なお、現地の警察には霧社セデック族出身の警察官が2名居り、彼らは事件発生後にそれぞれ自殺した。日本への義理立てを示す遺書を残したが、それは偽造されたものという見解、実は彼らが暴動を首謀したとの見方もある。
この事件は全台湾を驚愕させた。暴動や抗日運動が起こるなら、もっと早い時期に起こっていたはずで、1930年というと、日本による台湾統治が非常に安定している時代で、原住民が住む地域の警官の駐在所も減らしていたからである。
鎮圧を開始した日本軍や警察は、すぐにも霧社を奪回したが、セデック族側は山にこもり、警察襲撃で奪った武器弾薬を使って抵抗した。森林や断崖のある地帯は彼らが自由に移動できる場所である。  
日本側は大砲や機関銃、航空機、毒ガス弾などの近代兵器使用した。毒ガスだと味方の日本兵まで害を与える恐れがあるので、催涙弾だったという説もある。弾圧が一段落つくまで編成された軍隊1563人、警察1231人、軍卒1381人、さらに親日の原住民延べ5311人を動員している。
相手の戦闘員は1236人、最終的には700人ほどが死亡、あるいは自殺、500人ほどが投降。とくにモーナのマヘボ社では、戦闘員の妻全員戦闘の中で自殺する事態もあった。日本側は兵士22人、警官6人、親日原住民21人が死亡した。
そのほか、セデック族の中の親日派を味方につけ、禁止されていた首狩りを許可し、相手の首級と引き換えに懸賞金が支給されたので、同族内で凄惨な殺し合いを助長したと言われている。
12月中に鎮圧軍は現地の治安を完全に回復した。
この映画は、オリジナルの4時間を縮めて2時間半、悲惨きわまる暴力、しかし、豊かな表現性があった。昨年の台湾映画の最優秀映画賞、警官役を演じた人が最優秀助演男優賞を獲得、台湾だけで8億台湾ドル(約20億円)の興行成績を上げた。
個人的には、冒頭の日本人警官の仕打ちが痛んだ。終了後、映画祭に出席した魏徳聖監督が登場し、大きな拍手があった。観衆の質問があり、通訳つきで、「この映画に対して、台湾では賛否両論があった」ことに触れた。「俳優も(原住民系の)シロウトが多く、複雑なシーン、昔の野蛮的なものを描き出すか難しかった」、がよりリアルに描かれていた。魏監督は印象的には小柄な優男。どこからあの映画のエネルギーが出てくるのだろう、と思えた。さらに、ショッピングの別のホールで、経済文化代表部による簡単なカクテル・パーティーがあった。
いわゆる、「反日映画」ではなかった。今の台湾は親日的で、「反日映画」は冷笑の対象にしかならないという。現在の台湾人の98%は漢民族。戦前から居住していた漢人を本省人、中国本土での共産党との戦いで逃れてきた国民党軍を中心とする漢人を外省人といっている。
2009年の意識調査によると、◎台湾人であり、中国人ではない62% ◎台湾人であり、中国人でもある22% ◎中国人であり、台湾人ではない8%という数字が出ている。
魏監督は、この映画の前に「海角七号」という、60年前に日本人女教師が引揚船の中で書いた台湾人の恋人へのラブレターから進展する作品を発表し、台湾史上空前の5億元の収益を上げている。したがって、「虹の橋 セデック・バレ」は、単なる反日というより、この事件を通して台湾人による台湾探し、「アイデンティティー探し」とする見方もある。写真説明 映画のポスターを背景に、左から2人目が魏徳聖監督、3人目台湾代表部部長(大使)