Jueves, 22 de Septiembre de 2016
自分は自分で守るという正義

8月26日ブエノスアイレス郊外のトレス・デ・フェブレロ地区で、医者のリノ・ビジャル・カトルドは自宅の入り口付近で泥棒に発砲し殺害した。9月13日サラテでダニエル・オジャルスンは肉屋のオーナーであるが、強盗に入った泥棒のうちの一人を乗用車で轢いた 。泥棒は車と歩道の間に追い込まれ倒れつき、近所の住民たちにより暴行を受けた。リノ・ビジャル医師のケースに関しては、その後テレビのインタビューで「私の人生はこんなことをするためにあったのではない。常に患者には愛を持って対応していた。犯してしまったことを本当に恥ずかしく思う」と語っている。オジャルスン氏は拘束されたのちに釈放された(homicidio simple/軽い殺人と判断された)が、マウリシオ・マクリ大統領はこれに関して「肉屋の主人は健全で、皆から親しまれている人であり、家族と静けさを取り戻し起きてしまったことに関してじっくりと考える時間を与えるべきだ」とコメントした。

ビジャル医師のケースに関して、これは正当防衛かそれとも行き過ぎた行為かという問題がある。これは今回が初めてのケースではない。オラシオ・サントス(エンジニア)は1990年月6月16日に恋人と靴屋にいた。突然自身の車のアラームが鳴るのを聞き外へ出ると二人の男が音楽機器を盗んで去ろうとしているところだった。彼らはすでに12回も同様の窃盗をはたらいていた。オラシオ・サントスは二人を追い、追いついたときに「殺される!」と叫んだ彼らを二発の銃弾により射殺した。1995年にサントスは正当防衛が認められず有罪とされた。2001年には101.425ペソの支払いを命じられた。

 

正義と復讐の問題
正義の女神は目隠しをされたまま一つの手には秤を、もう一つの手には剣を持ってる。復讐とは秤のバランスをとろうとする行為であり、正義と復讐の問題は単純ではない。復讐はイーリアスからハムレットに至るまで文学でもよく取りあげられるテーマである。正義と復讐は人類があるべき現実を実践しようとする意志から生まれてきたものであり、それが歴史を作っている。私たちは行為を理性でコントロールすることが出来るはずではあるが、これらのケースは理性が崩されたときにおこる問題である。