Jueves, 08 de Septiembre de 2016
宗教の自由は近代人の自由と対立する?!

ラプラタのエル・ディア紙は「姦淫」と題されたエクトル・アグエール司祭の記事を発表。この記事の中で男女の一体感を危うくする文化の存在について言及し、カトリック教会の徳について語っている。
この記事はすぐに問題として話題となった。人権事務局長のClaudio Avruj氏はこの記事を「挑発」として差別行為を非難する団体のINADIの応援を得て、これを非難した。司祭は教会の教訓とはそぐわない現実について言及しただけなのに、これが人権派の官僚により非難され、宗教の自由が近代人の自由と対峙することされた。

1ダース分の性別があると言われるこの今、男女両性だってあり得る。アメリカでは男か女の一方だけを語ればそれは差別とみなされる。北欧では女性的なピンク色のおもちゃはもう見られない。おもちゃは中性的な色であるべきだとされる。一方で女性への暴力に対して戦いながら、もう一方で売春の合法化を求める。正の平等が語られるがこれは単純な問題ではない。憲法14条に宗教の自由が定められているが、現実の社会ではカトリックの価値観の再認識と教えの近代化が求められている。悲しいのはこれが多くの問題を抱える現実の社会のほん一部でしかないということである。