Jueves, 31 de Marzo de 2016
沖県連移民史、いよいよ最終段階へ

JICAボランティアの澤さん帰国

二〇〇八年の沖縄県人移民一〇〇周年に際して、沖県連が移民史を編纂するプロジェクトを立ち上げたが、それから八年、移民史の本が完成に近づいている。このプロジェクトは本紙記者で二〇一四年に急逝した崎原朝一さんが生前に現場責任者として指揮をとっていたもので、二〇〇八年に沖縄の名桜大学からの協力員として来亜した丑野隆史さんが三年ほど資料収集を行い、その後、JICA日系青年ボランティアの澤恭子さんが二〇一三年に七月に来亜。執筆、編集、崎原記者のあとを引きついでコーディネーション等の業務を行っていたが、このほど任期が切れて帰国することとなった。

去る二二日火曜日、夜八時から沖県連会館の二階サロンにて、澤さんの送別会が行われた。出席者は移民史編纂委員会の長、新里孝徳氏や移民史委員の面々のほか、沖県連会長の玉城智氏、前会長の屋宜宣順氏、元会長の米須清文氏など関係の深い二〇名ほどが集まった。
送別の宴は玉城会長の挨拶でスタート、新里孝徳氏が「サルー!乾杯!カリー!」と乾杯の音頭をとった。この日は沖連レストランもメニューにない特別料理を出して、澤さんを労った。
記念品の贈呈が終わったあと、澤さんがマイクをとってスピーチ。約三年に及ぶ活動を振り返って、「沖縄の方々の優しさ、温かさがあったからこそ大変な仕事も頑張ってやってこられた」と述べ、「スペイン語よりもウチナーグチの方が私には難しかった」と言ったところで会場のウチナーンチュ一同はどっと沸いた。最後に、「移民史の本は日本語で執筆していますが、本来は二世、三世、四世が自分のアイデンティティやルーツを知るためのもの。スペイン語に翻訳してこそ意義がある。必ずスペイン語版刊行まで辿りついてほしいです」と締めくくった。
澤さんの後任として、当地在住の小川彩音さんが今年一月からコーディネーターとして着任。引き継ぎも無事すんで、盤石の態勢である。
現在、移民史プロジェクトは本文全八章の執筆が終わったところで、編集作業の大詰め段階へ。本文のほか、付録編として二世男女による座談会と各市町村人会へ行った調査、年表、巻頭カラーの写真ページが入る予定である。今年一〇月の世界のウチナーンチュ大会で母県沖縄に届けるため、急ピッチで作業が進められている。