Viernes, 21 de Agosto de 2015
〔投稿〕福島県郡山市での復興 

元アルゼンチン日本国大使公邸料理人 末広 亮

本紙にたびたび投稿してくれている前アルゼンチン大使公邸料理人の末広亮さんが、今日本に帰国して福島で復興ボランティアに参加。その活動の中での出会い、思いを語ってくれました。

旧友紹介
佐原 禅
1975年10月13日 40歳
独身 バツなし
駒澤大学出身
大手警備会社の営業を経て総務省の制度により福島県の復興支援員に
2013年より田村市で活動。サラリーマン時代に復興ボランティアに参加、以後長期的な復興作業が必要と感じ、長年勤めた会社を退職し、現在に至る。

 

アルゼンチンに着任してすぐに東日本大震災での募金への感謝の意味を込めて立食パーティを行いました。震災から5年近くが経ちますが国内外で復興事情など注目を集めていると思います。旧友がここの土地に移住して2年が経ち、私自身も次の任地に着任するまで時間がありますので共にボランティア活動に参加することにしました。
旧友とは極東ロシア、ウラジオストックで公邸料理人として勤務していた際に某警備会社の方から私のいた総領事館に出向されておられたのでその際に、ご一緒させてもらいその時からの腐れ縁です。非常に愛国心の強い方で予備自衛官であることなど、彼の正義感の強さでしょうか、今回の福島復興への強い思いが現在に至るのでしょう。
彼の仕事内容は主に地域活性化が中心で、田村市の仮設住宅で実際に地域の方々と共に生活し、活気を届けており、よそ者である彼が汗を流しているということに住民の皆様は深い感謝をお持ちで、福島の良いところや悪いところも外からの視点を持って勤務しているということから田村市の復興作業の中心人物として活躍しています。
今回、いい機会だと思いましたので、アルゼンチン在住の方にも彼の活動を知ってもらいたいと思い、記事にさせていただきました。
私が住んでいる場所は、福島県の田村市であり、郡山駅から車で30分ほど離れた地域で、近年、栄養度の高さや美容に良いということで再度注目を集めているエゴマの産地である。人口33万人ほどで、震災の際はマグネチュード9を記録した地域です。最近、原発による避難生活から解放され自宅に戻った方も多く、またその中でまだ自宅に戻れない方々も多くおられるのが現状です。
実際に仮設住宅で生活をしてみますと、さすが日本という設備の良さを最初に感じました。東京の学生向けのワンルームマンションを思えばはるかに生活がしやすく、徒歩で15分もかからないところに大型スーパーがあったり、最低限の生活をするのに不自由ない形になっており、私には最初、特に不満のない生活に感じました。避難されている方も地域性でしょうか、非常に明るく、気さくに話しかけてくれるので
実際、ボランティアとして今、必要なのか疑問でした。確かに震災から4年が過ぎ、復興が進み、もともと自然環境に恵まれた避暑地として最適の場所でしたからすぐに目に入らなかったのかもしれません。
挨拶回りなどでいろいろな方のご自宅や職場にお邪魔させてもらいますと、遠くから福島に来たということもあってか、大歓迎していただき、だいたい食事をご馳走になります。食事はさっき済ませたばかりとお伝えしても半強制的にお呼ばれする事が多くあり(笑)、地域のものをご馳走になります。とにかくもてなすことが好きな方が多く、畑で採れた野菜や米などに地域のもので作られた惣菜などは非常に美味しく、
皆様、プロの私に料理を作るのは恥ずかしいと言い、照れながらおもてなしをしてくれます。外国生活が長くなったせいか、靴を脱いで座布団の上に座り、テーブルを囲うことが妙になつかしく、子供の頃に祖父の家に遊びに行った時のことを思い出します。
そんな中で、当然、話題になるのが震災時の事やその後の生活で、そういったことを質問すると、さっきまでの笑顔がなくなり、目元が寂しく、当時のことを語られる方が多く、中には涙を目に浮かべられる方もおられます。田村市は直接津波の被害を受けていない地域ですが、原発の関係で多くの方が避難を余儀なくされ、住み慣れた家、土地から離れ、いつ戻れるのかわからない日々を不安と一緒に生活してこられ、
また農業を軸に生活をなされている方が多い地域ですから、当然ですが畑の手入れをしないと農産物が出荷できなかったり、土地が駄目になり農産物が育てられなくなってしまいます。子供の頃からその生活が当たり前の方々にとって、不安な日々であったのではないでしょうか。私にとっては夏を過ごす最適の環境としか、来たばかりの頃は受け止めれませんでしたが、そういった方々にとっては長い月日だったと思います。そういった日々のなか、生活していくために、明るく地域活性化を目指し頑張られている方々はたくましく、ボランティアにきた私の方がお世話になっているような日々です。
来たばかりの頃、何をすればいいのか友人に尋ねたところ、のんびり生活しながら、年寄りの話相手になってあげてといわれ、ピンと来てなかったのですが、生活していく中で、その意味が少しずつわかってきたように思えます。先の見えない生活、また元の生活に戻ってもどう生きていけばいいのかといった不安を解消するのは私のような外の人間が、地域の方々と世間話をしたり、その土地でなにかをすることがエネルギーに変わっていくようです。そういった中、私の友人はボランティアの若者を集め、現地に触れさせ、地元の方々の気がつかない美しいところや、面白いものを発見してもらい、地域の方々にいろいろと気づいてもらい、新しいことを始める意欲を出してもらうということを重視しているようです。
現在、田村市は避難解除が行われ、多くの方々が自宅に戻り、新しい生活を始められています。復興支援という言葉にしますと、重労働をイメージとしてもたれると思いますが、今後の復興は心のケアを中心とした地方活性であると思います。地域の方々も多くの方々から励まされ震災から立ち直り、明るく助け合いながら地域活性化に頑張られておられます。日々、テレビを見ていますと新しいニュースで福島の事を忘れられがちになりそうですが、頑張っている福島にも再度、注目してもらいたいものです。

元アルゼンチン日本国大使公邸料理人
末広 亮